木原健裕さん

木原健裕さん
2010年度普通科卒業

現在

東京海上日動火災保険株式会社

100周年にむけて

私は2008年、当時まだ高校課程からの入学制度があった時に本郷高校に入学致しました。

地元の公立中学校の体育の先生に「高校でラグビーをやってみたらどうか」と勧めていただき、ラグビー部に入部。

取り敢えず「入部してみた」という表現が正しく、歴史のある部活動とは知りませんでした。
高校1年生の時は「大学は国立大学に進学しなければ」と通っていた塾を言い訳に土日の練習に参加せず、また、夏はカナダ海外研修に参加し、ラグビー部の夏合宿には不参加、といった学生生活を送っておりました。

そんな私のラグビー人生を楽しく豊かにしてくださったのは、高校ラグビー部の監督や同期、先輩後輩、そしてOBの存在でした。

私の2期上の先輩方が東京都決勝で國學院久我山高校に悔しくも敗れた後、私が2年生になる前の冬、新チームとして臨んだラグビーの練習試合で同じポジションのメンバーが怪我をし、当時の渡邉宣武監督の指示で初めて1軍の試合に数分出場させていただきました。

試合後に先輩や同期の仲間達に声をかけてもらい「チームのために少し貢献できたのかもしれない」と感じることができ、そして練習後の厳しいランニングフィットネスを苦しながらも笑って走っていた私に愛のあるOBコーチたちが「キハラいいねぇ」と、笑みを浮かべて目をつけてくださった日からが私の短くも濃いラグビー人生の始まりでした。

高校卒業後、私は慶應義塾大学で創立120年以上続く『慶應義塾體育會蹴球部(体育会ラグビー部)』に所属し、そして大学卒業後の現在は、創立140年以上続く『東京海上日動火災保険株式会社』という会社組織に所属しています。

「歴史ある」という観点で似たような組織に所属してきましたが、本郷学園の創立100年というのは100年もの間、創立者の松平先生の想いを先生や生徒、学校関係者の方々がバトンを繋いできたということ、そして何よりも大切にしている「強健・厳正・勤勉」の『校訓』を一人歩きさせず、先生方を中心に体現し続けていることは容易でなく、大変素晴らしいことと感じております。

私たちOBも今があるのは厳しいご指導をくださった先生方がいたからなのだと心から感謝しております。

私が本郷高校出身であることだけで、会社やラグビーで繋がる親御さんから「本郷中学にどうしても入学させたい」と熱烈な声を沢山貰います。それだけ注目されている学校だと感じますし、実際に現在、高校ラグビー部のコーチとして学生たちと触れ合う中で、彼らの目指す大学の偏差値は、私たちの時代と比較しても平均してとても高いレベルにあると感じます。

偏差値の高い大学に行くことが目的ではなく、目指す過程と学校生活そのものに『校訓』の大切な要素がありますが、より高いレベルを目指して結果を出し続けている学生たちがこのような形で注目されるのは本郷高校の一OBとしてとても嬉しく、そして誇らしく思います。

その時代ごとに柔軟に形を変えながらも本郷学園に込められた想い「本郷魂」をこれからも繋いでいって貰えたら嬉しいです。

現役生へのメッセージ

そして、学生の皆さんには「心身ともにしなやかで逞しい人」になって欲しいと願ってやみません。特に源となる「心」の部分を鍛えて欲しい。

私は「自分ベクトル」「自然との調和」を大切にして今を生きています。自分ベクトルになることで学びを得ることができ、そして自ずと謙虚さや周囲への感謝が生まれてきます。

大学を卒業後、社会人になってからの方が目の前が見えなくなるような経験を沢山しました。どれだけ学生時代に他人に支えられて生きてきたのか、そして自分自身の考えが甘かったのかと思い知らされました。

そんな時にでも支えてくださったのは会社の上司やラグビー関係の大先輩方、高校・大学時代の仲間たち、そして家族であり、最後に心を整えてくれたのは大自然でした。

学校生活を同級生や先輩後輩の仲間たち、そして先生方とも共に存分に楽しんで欲しい。できれば目標を掲げて勉学以外でも部活動や課外活動、その他学外での様々な価値観にも触れて取り組んで欲しい。

もちろん楽しむとは「楽(らく)をする」のではなく、目標に向かう中で喜怒哀楽を感じながらも自分の心や仲間と対話を重ねて、感情を受け入れて楽しむこと。

学校生活は社会の縮図であって、これから長い人生を楽しむための準備期間です。

今目標がある方は是非その目標にがむしゃらに向かってください。そうでない人も何かにチャレンジすることで、新たな目標を作るきっかけを掴んで欲しいです。

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