今月の一言
2023年9月のひとこと
劇作家の平田オリザ氏はご自身の著書の中で、「優れたコミュニケーション」の例として、哲学者である鷲田清一氏の以下の言葉を引用しています。
ダメな看護師さんというのはわかりやすい。患者さんが「胸が痛いんです」と言ってくると、「大変だ、先生呼んできます」と自分もパニック状態になってしまうような人。これはダメだ。
標準的な看護師さんは、「胸が痛いんです」と言われると、「どう痛いんですか?」「どこが痛いんですか?」「いつから痛いんですか?」と問いかける。これは当たり前の行為。
しかし、患者さん受けのいい、コミュニケーション能力の高いとされる看護師さんは、そうは答えないそうだ。患者さんから「胸が痛いんです」と言われると、そのまま「あぁ、胸が痛いんですね」と、まずオウム返しに答える。ただの繰り返しに過ぎないのだが、これが一番患者さんを安心させるらしい。
おそらく、このことによって、この看護師さんは、「はい、私はいま、あなたに集中していますよ。忙しそうに見えたかもしれないけれど、いまはあなたに集中していますよ」ということをシグナルとして発しているのだと考えられる。患者さん受けのいい看護師さんは、こういったノウハウを暗黙知として身につけているのだ。
『わかりあえないことから -コミュニケーション能力とは何か』
平田オリザ著 講談社現代新書 2012年10月
言葉の裏にある「本当に伝えたいこと」(上記著書の中では「コンテクスト」という言葉が用いられています)を理解する力というものは、人と人とが実際にかかわり合うことでのみ育むことができるのではないかと思います。「自分の言いたいことを伝える力」を持つことで発揮できるリーダーシップもあると思いますが、「相手の伝えたいこと(コンテクスト)を受け取る力」を持つことで発揮できるリーダシップというものが今後はこれまで以上に大切になると私自身は考えていますので、生徒諸君にはこの本郷という空間を最大限に活用し、仲間とのつながりの中で「受け取る力」を大いに磨いてもらいたいと思っています。